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高松高等裁判所 昭和33年(う)329号 判決

控訴人 被告人 山中建政

検察官 原長栄

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は記録に編綴してある被告人及び弁護人岡林靖の各控訴趣意書に記載のとおりであるからここにこれらを引用する。

一、被告人の控訴趣意中原判示第一事実に関する部分について、

論旨は原判示第一事実につき、当時酩酊のため自分は如何様なことをしたのか意識していないというのである。

しかし記録を精査するに原判決挙示の証拠によりその判示第一の暴行並びに賍物収受の各事実を肯認するに充分であるのみならず、その当時被告人は或る程度酒に酔つていたことは認められるけれども、そのため事理を弁識する能力又は弁識に従つて行動する能力を失い或は著しく減弱していたものとは認められないから当時被告人は心神喪失乃至は心神耗弱の状況にあつたものと認めることはできない。論旨は単なる否認に過ぎず理由はない。

一、被告人の控訴趣意中爾余の事実誤認の主張並びに弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について、

各論旨は要するに、原判決がその判示第三事実として、被告人が山下勇の腕から時計を取つた事実を強盗として処断したのは事実を誤認したもので本件は窃盗であるというのである。

なるほど原判決はその判示第三事実として、被告人山中建政は右同日(昭和三三年四月二八日)午後一一時二〇分頃前記第二の共同犯行後その発覚防止のため、被告人等により右下島町遊園地より同市鏡川町一〇六番地籍製紙工場附近の下知用水南側路上の暗闇に運び移された前記山下勇が、被告人等の前記暴行により畏怖の極抵抗の気力もなく俯伏になつているのを見て、同人の腕時計を奪取しようと企て、右の如く同人の抗拒不能の状態にあるのに乗じその左腕より同人所有の腕時計一個(価格五〇〇〇円相当)を外し取つて強取しと認定し、その所為を強盗罪として処断したことは論旨指摘のとおりである。

しかしながら本件が強盗罪となるか単なる窃盗罪に過ぎないかを検討するためには本件の事実関係を今少し詳細に観察する心要がある。そこで証拠に基き本件の事実を明らかにすると、本件は当初財物奪取ということとは何等の関係もなく被告人が高知市下島の遊園地で山下勇の顔面を手拳で六、七回強打して同人をその場に転倒せしめ、更に田村巌や安並秀男、森下治等も被告人に加勢して、田村巌は俯伏に倒れている山下に馬乗となつて手拳で同人の顔面頭部等を十数回連打し、安並や森下も同人の顔面頭部等を交々数回殴打したり足蹴りする等の暴行を加えたため、遂に山下はその場にぐつたりとなつてしまい、その間山下は一時気を失つていたこともあるが、意識は間もなく回復したものの全く反抗の気力なく、又身動き等すると更に強力な暴行を受けることを恐れ動きもせずぐつたりとなつたままでいた。被告人等は山下勇のその様子を見てこのままその場に放置しておいたならば逸早く発覚するものと懸念し、同人を右遊園地から同市鏡川町所属の製紙工場近くの下知用水南側の暗所に運んでその場に横たえた。山下勇は意識はあつたけれども相変らず抵抗の気力なくかつ畏怖のあまり身動きもせず目をつむつて俯伏になつたままでいた。そこで田村巌や安並秀男、森下治等はその場を立ち去つたのであるが、尿意のため一足遅れた被告人が山下は気を失っているものと思い、同人が腕につけている腕時計をこの機会に今取つてもわからないだろうとの考えから同人所有のその腕時計を外し取つて奪つたものであることが認められ、他に右認定を覆すべき証左はない。

このような場合に果して強盗罪が成立するものであろうか、元来強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足る暴行若くは脅迫を手段として財物を奪取することによつて成立する罪であるから、暴行脅迫後に初めて盗罪犯意を生じた場合その所為が強盗罪となるためには、犯人のその後の言動が暴行若くは脅迫を用いたものと評価される場合又は暴行脅迫を手段としたのと同視すべき場合でなければならない。他の目的で先に加えた暴行脅迫により被害者が畏怖して居るのに乗じこの機に財物を奪取しようという意図のもとに金品を要求し或は身体にさわつて財物を奪つたような場合は、(参考最高裁昭和二四、一二、二四判決)その申し向けた言辞や身体にさわる等の挙動をすること自体が被害者を通常畏怖せしめるに足る脅迫と評価すべきであるし、又他の目的で暴行の継続中被害者が畏怖のあまりその暴行から免れんがためにその場で自ら進んで提供を申し出た金品を取得したような場合にも強盗罪の成立を妨げないけれども、その所以も亦初めから財物奪取の目的で暴行脅迫を加えて強取する場合とその評価においてこれを別異に解すべき何等の理由が存在しないからである。(参考大審院昭和一九、一一、二四判決)然るに本件においては被告人は山下勇が失神して居るものと思い今取つてもわからぬと考え無言のまま同人の腕から腕時計を外し取つたのであるから、畏怖状態を利用するという意思もないし又これに乗じたわけでもなく、財物奪取のために暴行脅迫を用いたものと評価さるべきではないし亦これと同視すべき場合でもない。それは恰も喧嘩の相手が犯人の打撃によつて死亡又は失神した際、立去るに及んでふと物慾を起し死体又は失神している身体から懐中物を取つたというのと異るところはなく、広い意味では抗拒不能に乗じて取つたとはいえても強盗罪が成立するものではない。本件は単なる窃盗罪を以つて問擬すべきものと解するのが相当である。

然るに抗拒不能に乗じて奪取したとの理由のもとに被告人の本件所為を強盗と認定した原判決はこの点において事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかなものといわなければならない。

よつて爾余の論旨に対する判断を俟つまでもなく本件控訴は理由があるから、原判決中被告人に関する部分は刑事訴訟法第三八二条第三九七条第一項によりこれを破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所は更に判決する。

罪となるべき事実、

被告人は、

(一)、昭和三三年四月二八日午後一〇時三〇分頃高知市旭町三丁目電車通り岡崎為喜方前附近路上で、山下勇(当時二五年)に対し、同人に咎むべき理由もないのに、同人の背部を手拳で殴打したり靴穿きのまま足蹴にして暴行を加え、

(二)、同日午後一一時頃同市下島町遊園地で、田村巌から、同人が右山下勇から奪取した賍物であることを知りながら現金一〇〇円を貰い受けて賍物を収受し、

(三)、同日午後一一時二〇分頃同市鏡川町所属製紙工場附近の下知用水南側路上で、同所に俯伏になつている山下勇が気を失つているものと思い、同人の左腕から同人所有の腕巻時計一個(価格五〇〇〇円相当)を外し取つて窃取し

たものである。

証拠、

原判決がその判示第一乃至第三、第四の(一)並びに第五に関する証拠として挙示したとおりである。

法令の適用、

被告人の判示(一)の所為は刑法第二〇八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、(二)の所為は刑法第二五六条第一項に、(三)の所為は同法第二三五条に各該当し、(一)の暴行罪については所定刑中懲役刑を選択すべきところ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条により最も重い判示(三)の窃盗罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法第二一条に則り原審における未決勾留日数中七〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人には負担せしめないことにする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 渡辺進 判事 小川豪)

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